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医者も誤診は普通にある。信頼できる医者とは?

私たちは医者=難しい国家試験を通ったエリートと思いがちです。確かに医者はエリートなのですが、一人の人間である以上、ミスを100%避けることは不可能です。そのためどんな優秀な医者でも常に完璧な診断を下すというのは非現実的です。

では、なるべく誤診をしない信頼できる医者を探すにはどうすればいいでしょうか?

ここでは医者の誤診と優秀な医者の探し方について書きます。

誤診で薬漬けになる悲劇は生まれやすい

どれだけ医療が発達しても医者も一人人間ですから、誤診をしてしまうことはあります。

誤診をすると、本来飲むべき薬とは違う薬を患者さんに飲ませることになるので、病気が改善されないばかりか、副作用で体の調子が悪くなってしまいます。

老人性うつ病とアルツハイマー病は誤診しやすい

たとえば、老人性のうつ病なのにアルツハイマー病と誤診されるケースはよくあります。

うつ病になると物忘れが出たり意欲が減退して着替えもしなくなったりすることがあるのですが、これはアルツハイマーの初期症状にも似ているわけです。そのため老人性のうつ病に詳しくない医者は、そういう患者さんを診てアルツハイマーと診断しがちです。

当たり前ですが、うつ病患者さんにアルツハイマーの薬を飲ませても良くはなりません。

逆に、薬の副作用で夜中にうろうろ歩き回ったり、睡眠障害が出たりして、かえってボケが進んでしまうケースすらあるほどです。それら症状を見て医者が精神安定剤や睡眠薬を出すと、飲む薬だけはどんどん増えていくことになります。

これが誤診をキッカケに薬漬けになってしまうケースです。

誤診で医者が真逆の薬を出してしまうこともある

また、アルツハイマーの人で落ち着きがないというケースは、脳内伝達物質が足りない場合と、多すぎる場合の2つがあります。ですからここで医者が判断を誤ると全く見当違いの薬を出すこともあるわけです

高齢者の精神疾患に関しては、医者が患者さんやご家族の話をよく聞いてきちんと対応していれば、誤診をして不要な薬を処方するということは格段に減るそうです。ところが、腕の悪い医者にかかるとしっかり問診せずに誤診してしまうケースもあるのです。

ダメな医者だとわかったら、躊躇せずに医者や病院を替えることが大事です。日本の医療のいいところはフリーアクセスである点なので、信頼できる病院、評判のいい医者を自分で自由に選ぶことが大切です

日本は患者に薬を強要する医者が多い

日本の医療はフリーアクセスと書きましたが、自由の国アメリカは実はそうではありません。

別ページでも書いたように、アメリカでは一般の国民は自分で民間の保険に加入しなければなりませんが、保険があればどこの病院に行ってもいいというわけではありません。自分が加入した保険会社が指定した病院や医師に診てもらわなければなりません。

アメリカだと患者は病院も医者も選べない、ということです。

薬の処方については日本よりもアメリカのほうが慎重です。そもそも複数の薬を投与すればそれらがどう作用しあってどんな副作用が出るかは分かりません。ですからアメリカでは薬を1つだけ出す単剤処方が圧倒的に多いです。

なぜアメリカがこうも慎重なのかといえば、患者さんに何かあった場合、訴訟大国のアメリカでは医者が訴えられる可能性があるからです。日本なら薬の副作用については製薬会社が訴えられますが、アメリカでは薬を処方した医者が訴えられるわけです。

ですから、アメリカの医者は患者さんのために薬を減らしているわけではなく、自分が訴えられないためにやっているわけです。

かと言って、アメリカの医者は患者さんのことを考えていないかというと、そういうわけではありません。アメリカでは医者も客商売の一つという感覚があって、患者さんは高額な医療費を払ってくれるお客様でもあるので、医者の患者さんに対する扱いは非常に丁寧です。

またアメリカの医師は患者に対して大事なお客様という意識が働くので日本と比べて診療時間も十分に取ってくれます。

患者より医者の方が偉い日本の土壌は誤診を生みやすい

日本の場合は保険医療でやっているので、金銭感覚に疎い医者が多く、そのために患者さんがお客様になるのではなく、自分がお医者様、になってしまうことが多いと言えます

そういうことから、たとえば、患者が「この血圧の薬を飲むとだるくなるので飲みたくないんですが……」と訴えても、「いやいや、絶対に飲まないとダメですよ言うとおりにしてもらわないと死にますよ」というように、医者が薬の服用を半ば強要するようなこともあるわけです

医者は薬の押し売りをしているという自覚がなく、患者さんも文句を言わずに、言うとおりにしてしまう………そういう例が少なくありません

こういう場合は、「お医者さんは自分のためを思って厳しいことを言っているのだ」と捉える必要はありません

副作用による体調不良があるのならば、そのまま飲み続けるとさらに悪化する可能性があります。

患者の訴えを聞こうとしない医者は絶対避けるべきです。さっさと別の病院を探すのがフリーアクセスのある日本だからできる賢明な解決法と言えるのではないでしょうか。

誤診をしない信頼できる医者とは!?

ではどういう人物が信頼できる良い医者なのか? 以下のようなことを言ってくれる医者は良い医者である可能性が高いと思います。

「ちょっと脳の老化が早いかもしれませんね年齢は70歳ですが脳は80歳くらいになっているんですよまあ様子を見ていきましょう」

医者は認知症が進むことが予想されるアルツハイマー初期の患者さんにこんな話をすることがあります。

一応、本人に自分の状態がどうなっているかを教えてあげるのです。また、老化というのは誰にでも起こる自然現象ですから薬を使うほどのことでもないというニュアンスも含んでいます

実際問題として、何でもかんでも薬で改善していくというのは無理があるので、「老化だから仕方がない」 という捉え方をすることは大事なことだと思います。

「正常値」ばかり考える医者はハズレの可能性が高い

「老化だから仕方ない」

この考えは患者さんにも医者にも言えることです。高齢の患者さんの検査データが正常値を外れている場合に、すぐに薬で戻そうとするのは、ヤブ医者の証拠だと私は思います。

なぜなら、高齢者の場合、検査データを正常値に戻したとしても体力は戻らないからです

たとえば肝臓の強さや腎臓の働きを見ても、20代の人と70代の高齢者とは違うわけですから、体力の低下とともに数値が落ちてきているとすれば、無理やり薬で数値だけを戻しても、かえって体に負担がかかることになります

前にも説明したように数値を正常に戻すのは、20年後、30年後の病気を防ぐためなのですから、その数値の高さのせいで現実に害が出ていないのなら、それまで生きているかどうかわからない高齢者には無意味ということもあります

そういうふうに、歳を取っていくとだんだん老化が進み、体力が落ちていき、若いときとは違う体になっていきます。この当たり前の事実がわかっている医者のほうが単に正常値を追いかける医者よりは信頼できるはずです

「数値は良くないけれども、体調はそんなに悪くないので、無理に薬を使う必要はないでしょう。病気ではなく、ただの老化現象ですから大丈夫ですよ」患者さんを薬潰けから守るのはこういうことを言える医者だと思います

誤診を防ぐには医者と信頼関係を築こうとする姿勢が大事

さて、「よい医療」を受けるために、必要なものとは何でしょうか。

設備の整ったよい病院、優秀な医者、親切な看護師……。しかし、病院とスタッフに恵まれれば、誰しもが最高に幸せな療養生活を送れるというわけではありません。逆に、少々難ありの病院やスタッフにあたっても、幸せな療養生活を送れる人もいます。

実は、心地よい療養生活とは、病院や医療スタッフだけがつくるものではないのです。

患者さん本人と家族、そして医療スタッフがお互いに協力し合ってつくり上げていく状況であり、空気です。いかに医療スタッフといい関係を構築していくかが快適な療養生活を送る大前提になる、といっても過言ではないでしょう。

要望がある時は医者にどう言うべきか

患者さんや家族の中には、「面倒な患者というレッテルを貼られると困るから」と、言いたいことがあっても、黙って耐えてしまう方も少なくないようです

かと思うと、わがままや注文が極端に多い人もいます。

聞き分けのよいおとなしい患者さんとわがままな患者さんがいたとき、 一見、聞き分けのよい患者さんのほうが親切な看護を受けられそうな気がしますよね。

でも実際、病院では、要望をあれこれ出す″ちょっとわがまま″な患者さんのほうが優先されやすいのです。

医者にきちんと言わなければこちらの要望は伝わらない

というのも、病院が忙しいときでも、あれこれ注文や要望を出されると、スタッフは「うるさいなあ」と煙たく思いながらも、それに応えようと気を配るからです。

一方、何もうるさく言わない人はついっい後回しになってしまい、何かしてほしがっていることにすら気がついてもらえません。

「私があんなに心配そうな顔をしていたのだから、先生はきっと私の不安をわかってくれただろう。何も言わなくてもあとで説明してくれるに違いない」と思う患者さんやご家族は多いようですが、現実問題として、それは甘い見通しです。

医者は多忙すぎて、患者さんや家族ひとりひとりの″秘めた思い″にまで構っている余裕はほとんどありません。

相談したいことがある、こんなふうにしてほしいという要望は、言葉にしない限り伝わらないと思ったほうがいいでしょう。病院では、ある種「言った者勝ち」なところがあります。

そこで、あまり煙たがられずに要望をかなえてもらえる、うまい方法を考えてみましょう。

その極意は、「まずは何でも上手に頼んでみる。その代わり、断られたらスッパリとあきらめる」です。

医者や看護師にどこまで要求できるか

発言が「わがまま」ととられるか、「尊重すべき要望」として受け取られるかは、スタッフの価値観や忙しさ、さらには頼み方など、いろいろな要素で変わってきます。

たとえば、60人の患者さんが入院している外科病棟で、夜勤の看護師がふたりしかいないとき、「朝の食パンをトーストしてください」と頼んだとしたら、おそらくとてもわがままな患者さんだと思われます。

でも、ホスピスのように、患者さんひとりひとりに目を配る余裕があって、なるべくその人の今までの生活を尊重しようと考えている病院であれば、同じ要望でも当然のこととして受け入れられます。

一方、たとえホスピスであっても、「どこそこベーカリーの焼き立ての四枚切りのパンを斜めにカットして、ほんのリキツネ色に焼いてバターを10グラム塗り、ホットコーヒーを添えて熱々のうちに出してほしい」というくらい細かく言われたら(これは私が実際に体験した話です)、わがままととられる可能性が高いでしょう。

正当な要求とワガママは全くの別物

どこの病院でもそうですが、周囲の状況をまったく考慮しないで出された要望はわがままとみられやすいものです。

「時間にルーズなのはきらい。検温の時間が三分遅れてもイヤ」「お薬を飲む水はきっかり50CCでないとダメ」などなど、日常生活のポリシーとしては理解できるのですが、集団生活ではなかなか十分にご協力できないことも多いものです。

また、同じ頼み事をされても、忙しい時間帯に頼まれるのか、比較的時間に融通のきく時間帯に頼まれるのかによって、印象は変わってきます。

こんなふうに、「わがまま」と「尊重すべき要望」の境は状況によって変化します。状況をよく吟味して、タイミングよく、無理のない範囲の要望を出してみることです。

困ったら信頼できる病院スタッフに聞いてみる

こうしてほしい、ああしてほしいと心の中で思っているだけでは、悶々とするばかりで、快適な療養生活は望めません。

「先生や看護師さんにあまり無理を言っては……」と気持ちのうえでセーブする部分が多いかもしれませんが、医療スタッフに気をつかうことでストレスがたまっては本末転倒です。

もし、要望が通るものなのか、わがままとみられてしまうかがわからないときには、最初からあきらめてしまうのではなく、医者や看護師に聞いてみるのがいちばんです。

聞き方としては、「食パンをトーストしてほしい――なんてことを、お願いしても大丈夫なのかしら」といったように、「お願いできるものかどうか教えて」というニュアンスで話すと、角が立ちません。

面倒がらずに、要望を上手に出してみる。そして、「無理だ」と言われたときには潔く引く。これが医者や看護師といい関係を保ちつつ、最大限に希望を聞いてもらうポイントになります。

病院スタッフの時間と状況も尊重する

医者や看護師に何か相談したい、あるいはグチを聞いてもらいたいという方も多いでしょう。

そうした場合も遠慮せずに、「話を聞いてもらえますか」と尋ねてみることです。医者や看護師は、基本的に、頼られたり、相談されたりするのが好きな人種です。

心の内を見せて頼ってくれる人には、スタッフも心を開きやすくなり、できる限りのことをして差し上げたいという気持ちになるもの。

そうなれば、よい治療を受けられる機会も増えるでしょう。スタッフをどんどん頼りにすることです。

その際、大切なのは医者や看護師の都合を十分に考慮するということ。忙しいときや、これから大手術といった予定が入っているときは、スタッフも気持ちの余裕がないので、ついぞんざいな対応になってしまうことがあります。

また、「説明してもらうのは、休日でないと絶対にダメだ」とか、アポイントなしにやってこられるのはとても困ります。

病院スタッフは忙しい

ご家族であれば仕事や家事で忙しい上、病人を抱えて大変なのはわかりますが、それはお互いさま。医者の場合、朝六時頃から夜の九時、 一〇時まで勤務したうえ、病人の容態が変われば夜中や休日に呼び出されるということも少なくありません。

しかも、多くの場合、時間外の仕事には手当すらつきません。

「そんなことをいっても、こっちは命にかかわる大事なんだ」とおっしゃられる方もいるでしょうが、医者からすれば、何十人も受け持っている患者さんと家族全員からそう言われてしまうと、自分の体を休める時間さえもなくなってしまいます。

そうなると、当然心身ともに余裕がなくなり、いい医療もできなくなって、局、患者さん本人に迷惑をかけることになってしまいます。

相談を持ちかけるときには必ず相手の都合を聞いてみてください。

「話を聞いてもらいたいのですが、ご都合のいい時間を少し割いていただけませんか」そのひと言が、スタッフとの関係をよりよいものにします。相手を大切にする人は、相手からも大切にされるものです。

病院で敬遠される患者の特徴

最近では、書籍やテレビ、インターネットなどさまざまなメディアを通して医療情報が手に入るためか、ご家族にしても患者さんにしても知識量は格段に増えています。

しかし、聞きかじりの知識で薬や治療方針などについて細かく注文をつける人は、医療スタッフから敬遠されがちになります。

ちゃんとした正しい知識に基づいて話をされる場合には、こちらもきちんと対応ができるのですが、なかには、にわか知識と思い込みだけで話を進める方がいます。

ニワカ知識でガン治療を妨げてしまう患者

たとえば、「モルヒネは、最初内服から始めて、いちばん最後が点滴と本に書いてあったのに、どうしていきなり点滴から始めるんだ。実験台にしようとしているんだろう」とか、「この薬は、精神科の薬と本に書いてあった。私は、痛み止めがほしいといったのに、なんでこんな薬を飲ませるんだ」「薬の副作用について、説明してくれなかった」などと、けんか腰で話してこられるご家族や患者さんがいます。

けれど、実際の診療の中では、「ひどい痛みをすぐ止めるために、モルヒネを点滴で使う」こともあれば、「痛みに効く精神科の薬を使う」こともあるものです。

また、あまり細かく副作用の説明をすると、患者さんによってはかえって心配しすぎて症状が出ることがあるので、極力控えめに話すこともあります。当たり前の話ですが、専門家は一般向けの本には書いてないような知識と技術と経験を駆使して、なるべぐ患者さんにとってよい医療を提供しようと考えています。

患者といえど謙虚な姿勢を忘れない

ですから、「本に書いてあることと違うな。以前聞いた話と違うな」と思ったときは、やぶ医者と決めつけて話をするのではなく、「以前、本で『モルヒネは、まず飲み薬で使う』と読んだのですが、点滴で使っても大丈夫なものですか。素人なもので、ちょっとしたことでも気になってしまって……」というような言い方で尋ねてみると、関係にひびが入りません。

医者や看護師も人間ですから、信頼してくれる人には自然と優しくなり、猜疑心や不信の目を向ける人はどうしても避けがちになってしまうものなのです。

医療スタッフといい関係を築き、ストレスを感じない療養生活を送るためには、やはり相互の信頼と思いやりが大切です。

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